ロシアとウクライナのロマンス

17世紀後半から18世紀にかけて、ロシア社交界では貴族が盛んに宴会を催したが、その夜会の席で参会者たちは即興で作詞、作曲をして歌うパフォーマンスが流行した。しかし、所詮は素人芸。そこで、それに代わる専門の作者が現れ、より洗練された歌を作って社交界に集まる人々の耳を悦ばせた。 

 

こうして生まれたのがロシア・ロマンスという歌のジャンルだった。 

お座敷芸から始まったロマンスだが、19世紀に入るとグリンカ、ムソルグスキー、チャイコフスキーといったロシアを代表する作曲家たちがロマンスを生み出し、歌詞も文学的な 「プーシキンの詩など」作品にメロディーが付けられ、芸術性の高い名曲が人々に愛されるようになった。 

 

従ってロマンスというのは日本語の歌曲という意味に当る。 

一方、ワルラーモフやスビリードフのように親しみ安い民謡風のロマンスを数多く残した作曲家も現れている。 こうしてロマンスはロシア音楽の中で大きな位置を占めるようになった。 日本のコンサート・プログラムやCDの曲目紹介などで「赤いサラファン」「君知りて」 「単調な鐘の音」などロシア民謡と記されている事もあるが実はロマンスなのだ。 今回のナターリア・コズローヴァはロマンスを軸に据え、出身地のウクライナの歌も織り込んで、普段は耳にする事の少ない曲目構成にしている。 ところでウクライナ共和国は、名前こそ知られているものの、それほど日本人にとって親しい国ではないかも知れない。 

 

ウクライナはロシア連邦の西南にあり、南部は黒海に接しており、気候も比較的温暖なところから豊かな農作物とすばらしい田園風景に恵まれている。その首都キエフは今のロシア誕生の聖地みたいな所である。当然歴史も古く遺跡も多く、国全体が観光地だといっていいかも知れない。 

 

ウクライナは独立した共和国だとはいえ、ロシア人と同じ東スラヴ民族なので、祖先より歌い継がれてきた民謡も共通の感性の筈だと思っていた。でもウクライナの民謡やロマンスを聴いていくうちに何か違った点がある。それを私の主観が多いとは思うが列記してみよう。

 

・ロシア民謡の短調の終止形はミ・レ・ラと終わるのに対し、ウクライナの民謡は短調 トニックの終止形を持っている。・ロシア民謡の旋律は音の跳躍が特徴的だが、ウクライナ民謡はなだらかな旋律線で流れ、 フレーズもロシアのそれに較べて息が長い。・このような違いはそれぞれの伴奏楽器(ロシアはバラライカ、ウクライナはバンドウラ) の音色の違い、又は奏法の違いからくるものだろうか。

 

まあ極めて乱暴な対比となったが、二つの国の歌を聴いていただく手掛かりになればと思い、あえて記しました。

 

故 里見太郎(ロシア・ウクライナ音楽研究家)

 

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